老後、やることのがない、話し相手もいない、生きがいもないのが一番の不幸の種!

生きることは良い仲間や社会と繋がることです!

お金や健康、幸せは、その後から自然について来るもの!

 

 子供や孫たちを幸せにするためにも、先ず、私たち高齢者が夢を持ち、恥ずかしくない生き方を実践することです。

76歳からの挑戦で、女性講師からホームページ作成レッスン(5時間有料)をマックでコーヒー飲みながら受講、作ったのがこのH/P。完成度は今一だけど老後の暮らしに役立てばそれでOK。

↑NHKあさイチに登場する前の博多華丸・博多大吉にBSフジの生放送で妻が絵手紙指導。夫の私は放映後に記念撮影しただけ。しかし、その前、テレビ東京「人生ハレどき」に夫婦で出演。


《今までの経過》大手物流企業に38年間勤務。在職中の病気入院がきっかけで、「定年後の生き方」を模索。「心に思うことは実現する」との諺通り信州に空家を見つけ、仕事の合間を縫っては信州へ出かけ夫婦でコツコツと整備、定年に備えた。当初、田舎暮らしに反対していた妻は「ミイラ取りがミイラに」なって、私以上に田舎暮らしを楽しみ、今の暮らし方に繋がった。

61歳で定年退職、奥信濃きまぐれの宿「風のたより」を開業。    

数年後、不注意で柿の木から落下、頸椎骨折で100日間入院。

入院中、妻に見せられた富弘美術館の画集。星野さんは私と同じ頸椎骨折で入院、現在も車椅子の生活。その時の妻の言葉、「お父さんと同じ怪我の人が口で絵を描いて頑張っているよ! 「お父さんも負けないで頑張ってね!」 

その時の「出会いと言葉がチャンス!」となつた。

退院後「老いても一人で出来ることを」と、絵手紙講師の妻に勧められ、NPO法人日本シニアライフアドバイザー協会理事長を辞し、日本絵手紙協会絵手紙公認講師の資格を取得した。 

しかし、後期高齢者となった今、信州での雪下し作業や往復の運転が何れ難しくなることを自覚。30年間蒐集した妻の「ユキコレクション」の移転先にと、 平成25年3月、近くて温暖な房総・長柄に築100年の廃屋同然の古民家を見つけ、妻から「葬式代もないわよ」と言われながら最後の夢に挑戦。

2017年10月1日、房総ながら民藝館「きまぐれギャラリー風のたより」をオープン。

素人では難しいところは大工さんにお願いし、それ以外は、経費節約のため私たち夫婦のDIY。

「多くの人に支えられた」「作家にはなれなかったが、家作りは出来た」

人生は一回限り。誰も創ってはくれない。創るのは「夫婦の努力だけ」。